書評 #1 九人のレジェンドと愚か者が一人(本城雅人)

ワシの読んでる範囲で当世野球もの小説を手掛けている作家といえば、堂場瞬一、早見和馬、朝倉宏景、あさのあつこ、重松清あたり。その中で唯一ミステリとして作品を発表しているのが本日紹介する本城雅人である。

6回2死まで0封された後、満塁ホームラン3本が飛び出して9点差をひっくり返すという史上稀に見る逆転試合をきっかけに、リーグ優勝、そして日本一へと駆け上った阪和バーバリアンズ。その後の低迷期を経て、新監督に抜擢されたのは、当時4番を務めた夏川誠。大阪毎朝放送がレジェンドと呼ばれたメンバーたちのインタビューと再現試合で構成する特別番組を企画。取材を進める中で、10人目のレジェンドともいえるマネージャーの存在が浮かび上がる。ところが、あの試合中に盗難事件があり、疑われたマネージャーは退団、そののち非業の死を遂げたという……。チーム思いのマネージャーがなぜ盗難を行ったのか? 主要メンバー9人の中に、嘘をついた人物がいるのではないか? そして仲間を裏切った愚か者は誰なのか?

南大阪スタヂアムを本拠地とする「阪和バーバリアンズ」 取られた分は打って取り返す、名付けて「海賊打線」 これはもう誰がどう見ても近鉄バファローズがモデルだろう。ちなみに9点差逆転の元ネタは99年8月24日の近鉄11×-10ロッテ戦(大阪ドーム)と思われる。作中ではこの試合をきっかけに一気に逆転優勝までしてしまったが、現実の近鉄はこの大逆転勝ちからシーズン終了まで21勝7敗2分 .750 というハイペースで勝ち進み、最下位争いから一転3位に浮上している。


番組を企画したプロデューサーが当時のメンバーにインタビューし、選手が当時を回想する形で物語は進む。まずは四番でチームの柱である夏川、つづいて夏川と同級生でライバル関係にあった三枝と取材は進んでいくが、当事者の記憶は若干あいまいで証言も当然食い違う。この辺の「食い違い」が物語のキモになるのか?。

退団したマネージャーの井坂も夏川・三枝らと同期。甲子園の優勝投手でドラフト1位入団。現役時代は故障に泣き大成しなかったが、裏方に転向した後は献身的にチームを支え、選手からの信頼も厚い。そんな井坂が選手ロッカーで起きた3回、総額3万円の窃盗事件の犯人とされ退団させられたわけだが、さすがにそんなちんけな(失礼)理由が退団の真相ではないだろう。

ここらへんが謎解きだろうとあたりをつけ、作者お得意のプロ野球描写を交えたテンポ良い文章を読み進める。ストーリーはサイン盗み、スパイ行為まで広がってワクワクが止まらない。そしてクライマックスの再現試合のテレビ収録へ(ここでメンバー9人が一堂に会する)

ここからの落差がなあ… 確かに現場で人は死んでないから、法に触れる大事件にはならなかっただろう。それでもプロ野球の根源にかかわるような重大な事件の真相が明らかになるのか、と期待していたが意外と小さなところに着地した印象。まあ辻褄は一応合ってるし、話としては破綻してないのだろうが…

まあ、ミステリでよくある期待感のわりにちょっと話がそこまで大きくならずしぼんでしまった典型例だと思うが、これもまた読書の醍醐味。


余談ながら作中のバーバリアンズ打線はものすごい。レギュラーの成績を一覧にすると

(7)杉山 匠.3053375
(4)沖 博康.3001649
(6)三枝 直道.365(首位打者)3189
(5)夏川 誠.31248(本塁打王)113(打点王)
(D)ハーバート.30344109
(3)今野 寿彦.3013699
(9)小曾木 健太.2752468
(2)玉置 哲美.2501241
(8)北井 裕二.252638

スタメンに3割打者6人、30本塁打以上5人。スタメンだけで250本塁打、チーム全体では258本(NPB記録は04年巨人の259本) 打率もこの9人を単純に平均すると.296 チーム本塁打と9人の総本塁打との差が8本しかないことから想像できるが、ほぼこの9人が1年間フル出場していたという設定なので、チーム打率も.295前後あったのは確実だろう。 

すなわち04巨人並みの長打力と、03ダイエー、99横浜なみの打率を持った超攻撃型打線。どんなに点をとられても逆転の希望が持てるチーム。これは見てて楽しかっただろうなあ。一方投手力は防御率5点台までいってそうだな…

【書籍情報】
九人のレジェンドと愚か者が一人(本城雅人)
東京創元社 24/6/21発行

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